06 12/19 

連載 「ITスキルの向上を目指して」


株式会社スキルスタンダード研究所 代表取締役
特定非営利活動法人 ITSSユーザー協会 専務理事
高橋秀典

第7回
「経営戦略からIT戦略へ」〜プロジェクト成功のキーは「ITスキル標準」〜


経済産業省が、2002年12月の「ITスキル標準」リリース当時から言い続けている「経営戦略から入らなければ有効活用できない」という話しを、理解できている経営者の方や担当の方が、あまりにも少ない現状がある。だからどう活用すればいいかが分からない、ということになり、普及を妨げる原因にもなっている。
今回は経営視点からプロジェクトを捉え、その中でどう「ITスキル標準」を活用するかということをお話しする。この内容はITだけではなく、様々なプロジェクトに対しても当てはまる内容となるはずだ。

経営戦略と人材戦略

「戦略」、「ストラテジ」という言葉は、いかにも抽象的に思え、身近に感じることが難しいイメージがある。しかし、「What」を定義し「How」を考えること、と言い変えると具体的に受け取り易くなるのではないだろうか。
例えば3年後にどういうビジネスモデルを目指すか、また今から3年間でそのために何をしていけばいいか、ということを具体的に考えることになるわけだ。その3年後の姿を、売り上げや利益率などの数字で表すことが重要である。また、それを実現するために、どのようなスキルを持った技術者がどの位の割合で必要かということを定義し、現在の状況を把握した上で、その目標の姿とのギャップより、育成プラン・採用プランなどを検討する、これが人材戦略になる。

赤字プロジェクト増加の影響


IT情報誌でよく取上げられているが、赤字プロジェクトの企業に及ぼす影響は、ますます甚大なものになっている。失敗プロジェクトで何億円もの赤字を出し、それを埋めるためにさらにいくつものプロジェクトを手がけ、そこでもまた赤字を出すという悪循環で、さらに悪化のスパイラルに入ってしまうというものだ。あるIT情報誌の調査によると、プロジェクトの成功率は、何と26.7%の低い値だということだ。だからプロジェクトマネジメントが重要だということで、優秀なプロジェクトマネージャー(PM)をいかに養成するか、またいかに獲得するか、はたまた自社につなぎとめるにはどうするかなどの議論が絶えない。ここ数年はPMブームのような感さえある。
ハードウェア中心の売り上げを立てていた時期は、ソフトウェア開発の赤字など問題にならないくらいの利益を上げていたが、昨今ハードウェアは益々高性能になって、逆に価格は加速しながら下がってきている。結果として、ソフトウェア開発での赤字プロジェクトは、完全に白日の下にさらされることになっている。従ってよく言われる「どんぶり勘定」でのプロジェクト管理など犯罪に等しく扱われ、当たり前のように厳しくコスト管理がされるようになっている。そんな中で、PMの責任が益々重大になり、同じくIT情報誌が大手ITベンダでの調査で、技術者の10人に1人しかPMになりたいと思っていないという驚愕の数字を出している。

何故成功プロジェクトが減ったか

失敗プロジェクトはPMの能力不足が原因だ、と言ってしまうとそれで終わりだが、ではそれ以外の外的要因は無いのだろうか。
昔のメインフレーム全盛時代は、ユーザーは1ベンダの提供するソフトウェア/ハードウェアを使っていた。ところがオープン化の波で複数のベンダが関係してくることになった。また、全社規模のシステムを対象としたプロジェクトが増え、影響範囲が拡大し、社内の利害関係者(部署)が増えた。そうすると複数のサブ・プロジェクトが一斉に走ることになり、難易度が驚異的に増してくるわけだ。ということは、PMの責任が増し、より高い管理能力が要求されることになる。このような状況下では、1人で全てを管理するのは土台無理な話で、役割分担できるそれなりに能力のあるリーダークラスのメンバが必要になってくる。では、次のPMをどうやって育てているかというと、OJTということになるが、これはかなり名ばかりの仕組みで、うまく機能していないというのは、大方の関係者が認識していることである。
成功プロジェクトは本当に成功しているか
では、赤字になっていないプロジェクトが、本当に成功していると言えるだろうか。
実際のところは、うまくやればもっと利益を出せたのに、そうなっていないケースもあると考えられる。優先順位を最適化し、適正なメンバを効率的に配置し、不足の事態に適切に判断し、対応していたら...どうなっていたか考えるべきものも多いと思う。
また、経営者の方が「うちにはPMがXX人いる」と言っているのをよく耳にするが、それは事実なのか。「彼が当たってうまくいかなければ仕方がない」「運が悪かった」というのもよく聞く。
逆に「うちにはこの案件に対応できるクラスのPMがいない、だから見送ろう」という話もよくある。それは事実なのだろうか。
これらが、自らを正確に把握していないという原因からきているとしたら、大変な無駄や大きな機会損失になっているということだ。

能力を可視化する効果

述べてきたように、広範囲の役割や責任を個人のPMレベルでこなすことは、不可能だと言える。まずやらなければいけないものに、プロジェクト管理手法への対応がある。色々な団体で実績のある方々が経験を元にプロセスの標準化をされ、活用できるものは沢山ある。しかし、誰もがその通り実施していけばうまくプロジェクト管理ができるわけではない。手法というものは、能力のある人間がうまく使ってこそ初めて、より効果的・効率的になるのである。システム構築の手法も同じだ。プロジェクトは、どれ1つとっても同じものはない。標準化された手法の全体を理解した上で、PMがその場その場で必要なものを判断し、時には削り、時には順序を逆にして柔軟に進めて行くのだ。
そのようなPMの持つスキルを可視化できるのが、「ITスキル標準」である。スキルセットで表現できれば、単純なOJTではなくて、どのようなスキルを取得していけば目標に近づけるかが、非常に明確になる。また、実績の測定や評価もし易くなり、モチベーションアップにもつながる。さらに人材育成や評価の観点で継続的に進めていける利点もある。また、PM自身だけではなく、プロジェクト構成員を「ITスキル標準」で定義でき、このプロジェクトにはどのようなスキルを持ったメンバがどのくらい必要かが明確になる。そうすると、システムの影響範囲が広がりプロジェクト運営が複雑になっても、全体最適を考えることができ、優先順位や最適配置が可能になるし、運営上の状況判断による変更などにも迅速に対応することができる。
また、先ほどの成功プロジェクトであってもさらに効率化するということや、自社の実力を知ってビジネスを進めていくという上でも、メンバの能力を標準化された定義で表現し、可視化するという考え方は大変有効だ。
それらを実現していくには、こういった標準化されたものを皆が普通に使っていく土壌を作り上げる必要がある。


■お知らせ

当コーナーの執筆者 高橋秀典氏の著書「ITエンジニアのための【ITSS V2】がわかる本」が、9月21日に翔泳社から「わかる本シリーズ」の最新刊として発売されました。ITスキル標準V2をテーマにした最初の書籍として著されたもので、ITスキル標準V2の概要から具体的な導入方法、活用の仕方、ITスキル標準を導入している企業の事例などを、ITスキル標準の第一人者として知られる高橋氏の豊富な経験を元に、わかりやすく解説した必見の書です。

高橋氏著書画像主な内容
第1章 ITSS V2 について
第2章 組織におけるITSS活用
第3章 個人におけるITSS活用
第4章 認定制度との関係
付録A  ITSS入門
付録B  ITSSを理解するための手段
発売:翔泳社
価格:\2,940
発売日:2006年9月21日
サイズ:A5判
ページ数:264
著者:高橋秀典


スキルスタンダード研究所 http://www.skills.jp/
ITSSユーザー協会 http://www.itssug.org/

著者紹介 たかはし ひでのり高橋氏画像
1993年に日本オラクル入社。研修ビジネス責任者としてオラクルマスター制度を確立させるなど活躍。最終的にシステム・エンジニア統括・執行役員を経てオラクルを退社、2003年12月にITSSユーザー協会を設立。翌年7月スキルスタンダード研究所を設立。IT人材育成に関係する協議会の各種委員を歴任するなど、ITSSの第1人者として知られる。2006年5月にIPA賞人材育成部門受賞。

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