情報産業新聞2000号記念業界団体首脳対談全編公開(4/4)

 今回、日本情報産業新聞が創刊2千号を迎えたことを記念して、IT業界を代表する団体である情報処理推進機構(IPA)の西垣浩司理事長、情報サービス産業協会(JISA)の浜口友一会長、コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)の和田成史会長にお集まりいただいた。お三方には、IT業界の歴史を振り返っていただくとともに、これからの業界が取り組むべき課題や各団体が持つ構想について、それぞれの立場から語っていただいた。紙面の都合上お届けできなかった部分を追加した完全版を公開する。

2009 4/24公開

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開発手法はウォーターフォールとアジャイルのハイブリッドがベスト

 ――ここで、開発現場に目を転じていただきたいのですが、ここで気付いた問題点や変化の兆しなどはありますか。

CSAJ和田成史会長
CSAJ和田成史会長

 和田 先日、ウォーターフォールやアジャイルといった開発手法について議論する機会があったのですが、そこで語られたのが、ウォーターフォールというのはミッションクリティカルな分野については、仕様書をしっかりと作成して対応できる仕組みになっている。一方、パッケージはアジャイルで効率的な開発を行えるようになるというように、今後は開発するマーケットや商品、社会的貢献度、役割の違いによって開発手法や環境も変える、つまり両輪が必要となるのではないかということでした。

 浜口 私も、ウォーターフォールとアジャイルを組み合せた開発方法ができないものかと、以前から考えてきました。例えば、公共システムでもユーザーインターフェース部分の開発は、ユーザーに参加してもらいアジャイルで行い、バックエンドの部分をウォーターフォールで行うというような仕組みができないものでしょうか。

 和田 ちなみに、私の会社では、それに近い方式を取り入れて開発を行っています。ユーザーオリエンテッドなフレームワークになっており、そこでお客様に合わせた設定が行えるようにしています。

今のシステムの作り方は「仮縫いのないテーラーメイド」

 西垣 今はまだ予備的な研究段階ですが、IPAでは来年度から先ほどのクラウドと同じように、アジャイル研究会を立ち上げる予定です。というのも、各社から優秀な技術者の方にお集まりいただいてお話をうかがうと、彼らは今のシステムの作り方は「仮縫いの無いテーラーメイドだ」という表現をされています。つまり、一発でお客様の要望に合わせなければならない。これではどう見ても無理かある。そこでウォーターフォールでも最後はアジャイル的対応が必要になるというのですね。また、ひとくちにアジャイルといっても様々な種類があり、それぞれに向き不向きがあるのです。例えばリテールで利用した同じ手法は、生産管理では使えないというように。そこで、様々なアジャイルを調べて、どのアジャイルがどの分野に向いているかというカタログを作る必要があるのではないかと考えています。

 浜口 現在、情報サービス産業の開発現場の厳しさが、「3K」などの言葉で表されていますが、その状況を生み出している原因のひとつに、ユーザーインターフェース部分の開発があげられると思っています。特に日本のお客様は厳しいといわれており、いろいろと注文が付きます。結局これをウォーターフォールで対応していると、開発現場にしわ寄せがきてしまう。また、顧客窓口、要件定義、設計、コーディングと分業化されているのが、開発現場の現状ですが、これもお客様の意見がシステムに反映され難くなる原因となっています。チーム方式が基本のアジャイルであれば、余計な継ぎ目がなくなり、情報流通がスムースになります。

 西垣 結局ウォーターフォールで開発されたものでも、最終的にお客様との調整を図るのはリーダーであり、アジャイルと同じように、リーダーの資質によるところが大きくなる。これが現状だと思います。

 和田 そのためにも、ノウハウの数が必要となってきますので、あらゆる可能性を織り込んで対応データベースを作っておく必要があります。将来このようなことが来るだろうということを想定して、それに特化したノウハウのデータベースがあった方が良い。われわれの会社の場合、会計パッケージの分野に特化してノウハウの集積や標準化、部品化を行っています。それが強みになっていくのです。

 西垣 今、情報サービス業界は大きな変革期に差し掛かっていると思います。例えば、かつて金融のお客様、特にメガバンクは絶対にパッケージを受け入れることはありませんでした。それが少し変わってきているのです。「むしろパッケージの方が正解だったのかなあ」という考え方に傾きつつあります。現在ユーザー企業で活躍されている委員の方からも、「IPAはウォーターフォールだけやっていてはだめだ。外に出てみると、今は皆どのパッケージが良いのか選定するのに頭を悩ませる時代になっている」といったことを言われました。ましてや、超大手企業でなければ、初めから選択肢はパッケージの中にあります。外国のパッケージが選択される割合が高いのが残念ですが。

 ――すると、ウォーターフォースからアジャイル、スクラッチ開発からパッケージという流れは止まらないわけですね。

 西垣 むしろ、ビジネスモデルの問題だと思います。例えばEC企業であればWebインターフェース部分が他社との差別化要因となるわけですから、アジャイルで思ったとおりのものを開発する必要があると思います。しかし、一般の企業は商品やサービスが差別化部分ですから、Webの見せ方にそこまでする必要はない。業務システムなども同様で、ライバルと差を付けなければならない部分にリソースを集中させ、他社と同じでもかまわない部分はパッケージなどで対応するといった効率的な考え方をしていく必要があると思います。

 浜口 会計や人事給与など、バックヤードではパッケージが使われているようですが、企業システム全体で見ると、まだその割合は低いようですね。しかし、先ほど西垣理事長がおっしゃられたように、バンキングは大きく変わっています。メガバンクは、自分たちで作っている例が多いのは確かですが、それ以外の地銀などは、8割近くが共同システムやパッケージの導入を進めています。例えば、もう勘定系は共同でやりましょう、情報系は自分たちで開発しましょう。そういうことで良いと思うのですが。そういった意味では、まだ自治体は遅れていると思います。なかなか現場レベルでこれまで行ってきたシステムを変えようという動きにすることができない。

 和田 確かに、その部分は非常に大きなポイントだと思います。そこが変われば、日本の生産性にも劇的な変化がもたらされるのではないでしょうか。

業界主要3団体の今後の活動は

 ――最後に、不況といわれる現在の経済状況の中で、IT業界はどのように生き残っていくのべきなのか、世界的にトップクラスといわれる品質をどう武器に変えていくべきなのか、団体を率いるお立場からそれぞれに指標となるようなお言葉をいただければと思います。

 西垣 日本人というのは、もともと平均的なスキルが高い民族だと思います。それだけに、IPAとしては技術力の底上げというところに注力すべきだと考えています。どうしても技術力というと上の方の高度な技術に目が行きがちですが、これからは、日本人全体を底上げしようという考え方を持っています。そのために、情報処理技術者試験の試験制度をこの春から大幅に変え、ITパスポート試験を導入しました。和田会長のCSAJにもずいぶんご協力いただきましたが、おかげ様で、トータルで受験者数が前年比12%増という結果を得ることができました。これは7年ぶりのことです。もともと日本人が持っている資質を、この情報処理技術者試験などをきっかけに勉強する機会を与え、伸ばしていくことが大事だと考えています。今よりもうひとつレベルアップできれば、日本というのはすごい国になるのではないでしょうか。また、日本人の弱点はアーキテクチャーに弱いところにあると思います。日本は、ひとりの職人が完成まですべてを手掛けるので、設計図を残す必要のない職人文化が主流でした。ところが、西洋では何百年にも渡ってひとつの建造物を作り続けるということが当たり前に行われてきました。その場合、後世の職人たちは、設計図がないと作ることができない。だから、最初からアーキテクチャーということを考えて建築に入る。情報システムは、一代で終わるものではないので、アーキテクチャーの文化はどうしても必要となります。そこで、この西洋との差を認識した上で、アーキテクチャーを磨いていく作業を行っていきたいと考えています。

 浜口 やはり、今は人材育成の問題に取り組まなければならないと思います。IPAの方で、ITSSとETSSの整理がなされたわけですから、どのような人材をどのように育てていくのかという指標を元に進めていこうと考えています。そして、一方で多重下請けなど業界の抱える問題ですが、これも解決に向けて話し合っていく必要があると思います。そして、この時期だからこそ積極的に取り組むべきだと考えているのが、国民全体のITリテラシーの向上です。政府も次のe-ジャパン戦略にあたる施策の検討に入っているようですし、是非この機会に進めていただきたいと思います。JISAとしてもそれに対してはおおいに支援させていただきたいと考えているところです。

 和田 やはり日本の強みは製造業にある。「ものづくり」なんだということを再認識すべきだと思います。ものの品質を追求することにおいては、やはり日本はナンバーワンなのではないでしょうか。中でもITというのは、現在すべてのものづくりの中核を成している存在ですから、磨いていかなければなりません。今こそ、ITが世界に輸出される、世界標準を取っていく絶好の機会だといえます。その環境を整えるためにCSAJでは、リテラシーの向上やITパスポート試験も含めた教育などを後方支援していきたいと考えています。現在CSAJで取り組んでいるベンチャー育成や海外との連携などをこの先も進めていくことによって、是非この不況をチャンスに変えられるようなきっかけ作りになればと思います。

  ――本日は、長時間に渡り貴重なお話をいただきありがとうございました。今後も各団体の活躍に期待したいと思います。

 

関連サイト

情報処理推進機構(IPA)

情報サービス産業協会(JISA)

コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)

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