情報産業新聞2000号記念業界団体首脳対談全編公開(3/4)

 今回、日本情報産業新聞が創刊2千号を迎えたことを記念して、IT業界を代表する団体である情報処理推進機構(IPA)の西垣浩司理事長、情報サービス産業協会(JISA)の浜口友一会長、コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)の和田成史会長にお集まりいただいた。お三方には、IT業界の歴史を振り返っていただくとともに、これからの業界が取り組むべき課題や各団体が持つ構想について、それぞれの立場から語っていただいた。紙面の都合上お届けできなかった部分を追加した完全版を公開する。

2009 4/24公開

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クラウドコンピューティングは70年代の共同利用型システムに似ている

 ――現在のイノベーションといえば、クラウドコンピューティングが真っ先に思い浮かびますが、例えばJISAでは、このクラウドコンピューティングに対してどのような考え方を持っているのでしょうか。

JISA浜口友一会長
JISA浜口友一会長

 浜口 クラウドコンピューティングというネーミングは、言い得て妙だと思います。このような流れを作るのが、米国は本当にうまい。ただ、これは簡単にいってしまえば、集中処理ということではないでしょうか。70年代にはすでに、共同利用型のリアルタイムシステムなどがあったわけです。技術的にはこれと似たようなものではないかと考えています。ネットワークの普及やシンクライアントの登場など環境が合ってきた結果、これがずっと洗練されたようなものだと思います。考えてみれば、シンクライアントが登場したのが、すでに7、8年も前になります。その時には流行らなかったけれども、個人情報保護法など情報漏えい問題がクローズアップされたことでリッチクライアントからシンクライアントへという流れが生れました。そこからクラウドコンピューティングのような概念が出てきたのではないかと思いますが、あと10年くらい経ったら、またリッチクライアントに戻っているかもしれません。今後もハードの技術革新は続きますし、単価も下がってくるでしょう。それにセキュリティが上がれば「何も雲の向こうにデータを置いておかなくても良いじゃないか」という風潮が生れ、「自分で持っていたほうが良いのではないか」という考え方に戻る可能性もあるのではないでしょうか。だから、しばらくは冷静に見守る必要があると思います。

 ――IPAではいかがでしょう。

 西垣 実は、IPAでも研究会を立ち上げました。まずは「クラウドコンピューティングって何なの」というところから意識をそろえます。その先には、データの場所やSLA、セキュリティなどユーザー目線でクラウドコンピューティングを定義していこうと考えています。これを1年計画で結論を出すことにしています。先日、早稲田大学大学院の丸山不二夫教授がおっしゃっていたのですが、アマゾンやグーグルのクラウドコンピューティングは、既存のサービスのために世界中に作ったデータセンターのリソースを、ハードの低価格化や信頼性の向上といった環境の変化を受けて外向けサービスに活用したもので、クラウドコンピューティングが目的で作った施設ではない。これを第一世代、第二世代の企業だとおっしゃっていました。そして第三代目に来るのが、マイクロソフトだというのです。彼らは、既存の企業システムとクラウドコンピューティングを結ぶことを意識して開発している。更には、IBMも取り組みを始めていれば、最近米国ではクラウドコンピューティングの粋の良いベンチャーも登場しているそうです。何が言いたいかというと、クラウドコンピューティングの普及により、このままアマゾン、グーグル、セールスフォース・ドットコムといった先行している数社が市場を独占するということはなく、もっと多様化していくということです。

 和田 CSAJで常任理事を務めていただいているサイバー大学の前川徹教授がおっしゃっていたのですが、メインフレームやPCはスタートから成熟までにいずれも20年あまりを要しており、インターネットも現在20年たったところです。この伝でいくと、まだ始まったばかりのクラウドコンピューティングが成熟するのは2027年になる。まだ、だいぶ先だなという印象です。その間に様々な使われ方をされて、応用技術が生れてといろいろなことが起こるはずだというのです。つまり、クラウドコンピューティングは、これから20年あまり掛かって成熟していくスタート地点に立ったばかりのもので、これから想像もできないような変化が起こってくるのではないでしょうか。

 浜口 昔から、コンピューターシステムというのは集中と分散を繰り返してきました。それは、データ量の増大やコスト効率、セキュリティ技術や仮想化技術の発達などによって行われてきたわけですが、クラウドコンピューティングというのは、ネットワークから見た場合は集中型のサービスとなります。例えば、現在議論されている霞ヶ関クラウドをセキュリティの観点から見た場合、サイバーテロなどのリスクが大きくなる可能性も考慮する必要があります。このような可能性を無視して議論しては危険だと思います。ただし、コスト対効果というものを、日本はそろそろ本気で考えていかなければならないと思います。そういった意味では、いつまでも手組みにこだわるのではなく、ソフトパッケージやクラウドコンピューティングというものを、もっと柔軟に活用していく必要はあると思います。日米ではパッケージの利用率にまだ大きな開きがあり、現在では圧倒的に米国の方が高い。例えば和田会長の会社が開発されている会計分野などは、パッケージで十分対応できる分野ではないかと思います。

 和田 クランドコンピューティングでは、パッケージ側がコンテンツ化されてSaaS化されて広がっていく。そうなると、今度はそれを集中管理するようなシステムがクラウドコンピューティングには必要となるのかなと思います。今、その仕組みを整理する時期に差し掛かっている。経済産業省で「システムの信頼性とセキュリティに関する研究会」が始まっていますが、私はこれが次世代の情報化社会のルールを話し合っている場なのではないかと考えています。そのルールとしてシステムの信頼性やセキュリティというものが話し合われているわけですが、その次にくるのが日本のソフト会社がどのようなミッションを課せられているのか、各企業がどのミッションを自分たちのものとして選択していくのかを整理する時期に来ているのではないかと思います。

 ――単に、メインフレームからオープンシステムへ、そこからクラウドコンピューティングへという手法の変化にとどまらないということですか。

IT業界で今起こっていることは社会システムそのものの変化に起因

 和田 そうです。社会システムそのものの変化と捉えるべきだと思います。ですから、IT企業だけでなく、車にコンピューターが搭載されるようになるなど他の業種の企業やユーザー企業も含めての社会的なルール作りが必要とされます。

 ――IT企業が利益を出すための仕組みではなく、ユーザーが利益を上げられるための仕組みを考えていくことが重要となってくるわけですね。


西垣 IT企業は、ユーザーの利益を考えながら、自分たちも利益を上げる仕組みを考えていく必要に迫られていることになります。テレビのソフトでも、電波がアップデートするような時代ですから、会計パッケージがアップデートさせるサービスを進化させて、例えば銀行が合併したらすぐにシステムに適用させるような時代にどんどんなっていくでしょう。すでに技術的には十分可能となっているのですから、仕組みさえ考えれば良いことだと思います。

標準化、そして国民ID制度も必要

 浜口 やはり、そのためにも色々なものを標準化していかなければならないと思います。例えば自治体の水道料金など、まったく同じことを行っているのに別々のシステムを未だに作っているというような事柄が多すぎる。それが、日本社会のひとつの欠点だと思います。

 西垣 携帯電話で日本の企業がノキアに負け理由が、まさにそこにあります。日本のメーカーはすべてのレイヤーを縦につなぐ垂直統合型の開発モデルを取ったがために、新しいサービスが出るたびに大変な金額が掛かってしまった。対する欧米や韓国のメーカーは、下のレイヤーを共通化して、サービス部分だけに開発リソースを割いています。そうすると新しいサービスに対しても早く安く対応できるわけです。その失敗を教訓に、自動車では共通化が図られています。日本の社会が、そのようなことが大切だということに目覚め始めたと、言えるのではないでしょうか。

 浜口 重要な課題として、企業コードすら統一されていないという現状があげられます。そうなると、例えばクラウドコンピューティングなどのサービスで企業間を結ぼうと思っても、そのままでは結べない。業界ごとに方式が異なったり、知らない間に変わっていたりという現状が問題だと思います。

 西垣 最大の問題が、かつて「国民総背番号制」といわれた、国民IDの導入ではないでしょうか。当時「そこまでする必要があるのか」という議論がありまして、結局導入には至らなかったのですが、これがもし実現していれば、住基カードの必要もなかったし、社会保険庁の問題も起こらなかった可能性があります。このために幾兆円という税金が費やされたわけですから。例えば、今度の定額給付金にしても、あらかじめそのようなシステムがあれば、わざわざ自治体が専用のシステムを開発せずにすんだでしょう。

 浜口 米国には、ソーシャル・セキュリティ・ナンバーのほかに、運転できない人にも運転免許証を供給するシステムがあります。運転免許証が顔写真入りの身分証明書になるわけですね。つまり、身分証明書のシステムとして、既存の運転免許証のシステムを使用したということになります。日本でも年齢認証のために運転免許証を使うビールなどの自動販売機が出ていますね。一から開発するのが大変であれば、このように既存のシステムを応用する方法もあります。

 西垣 現在、自治体が抱えている大きな課題のひとつに、フォントの問題があります。戸籍に記してあるものが、その住民の正式な名前の漢字となるのですが、この多くは手書きのものですので、例えば点の付け方や位置が微妙に異なるだけでも別の文字として扱わなければならず、その文字は外字として登録する必要があるというように、実に煩雑なのです。これも国民IDなどがあれば、解決できる問題です。

 浜口 そうですね。戸籍では漢字と本人がひも付けられていますが、IDがあれば、例えフォントが違っていてもコードさえあればその個人を認識することができますから。

 

(情報産業新聞2000号記念業界団体首脳対談4/4へ続く)

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